2005年09月03日

必死だよ、裸婦描くのも

低学年チーム 引率メモ  −黒田清輝展−


   写真みたいに上手に描く練習って、したことある?
   えぇ? ないぃ!
   じゃぼくが練習した絵、見てくれる?

やってしまいました、恥を忍んで捨て身攻撃。学生時代のデッサンを押入れから引っ張り出して、あろうことか鑑賞プログラムの上客さんたちにお見せする撃沈殺法。「どうかな‥やっぱり下手かな‥」クロッキー んんっ?と子どもたちが身を乗り出す。画用紙をしげしげ、透かして見たりしてる。「いやぁ、描けん‥」なんて、お約束の答えをくれるみんな。ごめんね下手な見本で。だけど興味は持ったみたい。かな‥?

こんなに悩んだクラブも珍しい。近代洋画の父・黒田清輝と言ったって小学生たちは知らない。しかも見渡す限りの裸婦・裸婦・・・そして地味な習作群。どうやって子どもたちの好奇心をまっすぐに開放できるだろう‥。あれこれアイデアをひねったあげく、結局たどり着いたのは、実直に画家の歩みを追っていこうというストーリーだった。

   次はさ、裸描く練習ってしたことないだろ?
   ‥。(一同ひく)
   そりゃないよね。でもぼくした。絵がうまくなりたくって‥。

というわけで、へなちょこ裸婦クロッキー帖もお披露目。虫のわいた月光荘のスケッチブック‥。一瞬、みんなひくけど、すかさずクイズ。「女の人かくの、どれくらい時間かけたか?」 ― 20分! 1時間! なんとかわいい人たち。「ワンポーズ1分、1枚5秒だよ」 ・・・初めて見るタイプの沈黙。口をとがらせてつぶやく。「えぇ‥」、「どやって?‥」

今回ペアで引率した乾さんは、この瞬間みんなの目が"尊敬のまなざし"になってた、と教えてくれた。もち尊敬など値しないのだけど、これまで経験したことない空気だったのは分かる。続いて用意した木炭ぬり初体験も、なんだか真剣にやってる。

こはんとおなじひとちょっと長いけど、導入の様子をレポートしました。今回いっしょに黒田清輝展をみた低学年の子たち、延々つづく裸婦をみて誰ひとり、決して「キモイ」の一言を口にしなかった。画期的です。もちろん絵が好きで来てくれる子ばかりとはいえ。ビヨーの素描を見ながら、昼だ、いや夜だよ電灯の光に見える、なんて話がはずむ。シンプルなクイズの進行は乾さんが担当。予想以上(?)の盛り上がりを切り盛り。すらり並んだ「昔語り」の画稿も、懸命に全点点検したり、1点を見つめたりしてる。 「裸ホントはまだ恥ずかしいよ」「男子は難しいかもね」1・2年生だ。実をいうとぼくはまだ、どういうエンジンの掛かり方をしたのか、理解し切れていないようにも思う。身近な鉛筆と似たモノクロ描画であること‥ 描くことへ挑戦する作家像がリアリティを結んだ‥ 勘ぐりだろうか。

クライマックスは「智感情」の表情クイズ。すでに裸に驚く様子もない子らの真剣なノリに夢中で応対してると、気がつけば大人の人たちが遠巻きに大円団。というか邪魔だから待って下さってるのだけど‥。厳しく暖かい視線の中、重文を子どもたちと話し合うというのも役得で、汗だくで。

アカデミー今回は高学年チームも、陰影素描と群像構成パズルの2つの画家ごっこ作業という、新しい試みに楽しい熱中が生まれたよう。アカデミー講師の森さんの愉快なスパルタぶりも遠目で拝見。写実に目が向いていく年齢の子らに適った素適な森−門倉案でした。だんだん子どもたちは確実なものを、自分の疑問や不安に見合うだけの強いものを内面では欲するのだと思う。学年が上がるほど、無邪気な本音トークなどしづらくなってく。大人と同じことだ。森さん門倉さんの報告を聞いていて、小っちゃくても素適な居場所を見つけた子らの時間を想った。ジブン デ タシカメル コト。

翌日に控えた岩野さんのワークショップ準備と、てんやわんやのぼくの無計画を、乾さんと門倉さんにフォローしてもらった。超短時間で頼んだ手帖もなかなか。木炭紙の付録つきにした。「もっと時間下さい‥」と恨めしいデザイン担当の乾さんに申し訳ない思いと、出来ばえに頼もしい思いと。

     ◇     ◇     ◇

実は助っ人がひとり。鑑賞教育をいっしょに研究している堀内理香さんの8月の個展で撮らせてもらった写真も、導入で使わせてもらいました。「ぼくの友だちで、写真よりもっとすごい絵を目指してる人がいる」 背の高さより大きなパネル、ディテールの写真や木炭などの画材も紹介すると、確かに大人が本気で描いている気配に、子どもたちはぐんぐんひきこまれていた。

カメラの視点とドライ・メディアに語彙を絞って、思い入れの潜む光景の描画行為そのものに賭けている堀内さんの近作は、とても清々しいスタンスで絵画の一局面に目と手を注入している。黒田展にひきつける気なんてないけど、見たものを描き切ることの不可能性と欲望から視線をそらさない−あえてそらさない時のスマートで芯のある作法をぼくは素適だと思う。いや、これは別稿できちんと書かないと失礼です、ありがとうございました!(‘05/9/20 竹内)
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