徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
山下菊二 高松所見
高松所見
1936年
油彩 キャンバス
65.0×80.5
山下菊二 (1919-86)
生地:徳島県三好郡
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山下菊二高松所見
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山下菊二 「高松所見」

江川佳秀

 県立近代美術館では、徳島ゆかりの作家の調査や作品の収集を進めています。一九一九年、現在の三好郡井川町に生まれた山下菊二も、重点的に取り組んでいる作家のひとりです。
 現在、所蔵作品展94-III(二十二日まで)に展示されているこの作品は、現存する山下の油彩画の中では最も古く、香川県立工芸学校の在学中に制作されました。
 画面はいくつかに区切られ、湯おけを持って銭湯から帰途につく人、食堂や書店、古道具屋の店先など、雑多で断片的な光景が描き込まれています。
 一見しただけでは、それぞれの光景には、何の脈絡もないかのようです。しかしこれらは、毎日の生活で山下が目にしていた光景だったのでしょう。入浴中の女性は、ふろ帰りの女性からの連想かもしれません。若き日の山下の一瞬の心の動きが、鮮やかに描きとどめられています。
 そのころの日本の美術界では、シュールレアリスム(超現実主義)と呼ばれる美術運動が注目を集めていました。当時の日本の美術雑誌には、海外のシュールレアリスムの作品が盛んに紹介されています。
 フランスで起こったこの美術運動は、現実ではあり得ない物と物との取り合わせで、日ごろ意識しない心の奥底の世界を表現しようとしました。その手法のひとつであるコラージュ(張り絵)は、切り抜いたさまざまな辞書や古い書物の挿絵、切符などを画面に張りつけて、不条理なイメージを作り出そうとしました。
 山下のこの作品には、フランスのシュールレアリストたちの作品のような、怪奇で幻想的な雰囲気はありません。また張り絵ではなく、ひとつひとつの光景が、記憶をもとに丹念に描かれています。しかし、美術雑誌の図版を手がかりに、山下なりにコラージュの手法を試みたものだったのでしょう。高松で学生生活を送りながら、世界の新しい美術に思いをはせていた山下の姿が思い浮かぶかのようです。
 その後山下は上京し、日本におけるシュルレアリスムの指導的な立場にあった福沢一郎から指導を受けました。一九三九年には召集を受け、中国南部の戦線に送られました。四五年にも再度召集を受け、終戦を徳島の連隊で迎えています。
 戦後は自らの戦争体験を通じて政治への関心を深め、シュルレアリスムに日本の土俗的なイメージを加味した作品を発表します。一九五〇年代から六十年代にかけて、日本の前衛美術を代表する作家のひとりと目されました。
 この作品は最も古い作品というだけでなく、その後の展開を考えると、山下の出発点ともいえる作品でしょう。
徳島新聞 美術へのいざない 県立近代美術館所蔵作品〈52〉
1995年1月18日
徳島県立近代美術館 江川佳秀