徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
RIW59(b)
1971-81年
アルミニウム版腐蝕 紙
41.0×31.6
一原有徳 (1910-)
生地:徳島県那賀郡
データベースから
一原有徳RIW59(b)
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一原有徳 「RIW59(b)」

竹内利夫

 何の絵か、さっぱり分からん。そういってがっかりする人は少なくないと思います。しかしまた、もしかして水滴だろうか、泡だろうか、いや穴ぼこではないかと、いろいろに見えそうな人も案外多いのではないでしょうか。
 作者の一原有徳(1910年生まれ)は、何か分かるものを描写するタイプの作家ではありません。抽象の作家です。この作品も、何かが描かれているわけではないので、さっぱり分からないとしても、仕方がないのです。
 ところが、わからないにもかかわらず、青1色の画面は、どぎつい程の材質感をにおわせています。車窓に飛ぴ散る雨滴、おふろのあぶく、生クリームの泡立ち、あるいは微小な細胞分裂の瞬間や、内臓の粘膜、月面のクレーター。どんな連想も間違いとはいえないし、もともと正解があるものでもないでしょう。なぜなら、何を描いたものでもないのですから。
 そんな不思議な材質感が、一原の版画の持ち味です。徳島県生まれの、このユニークな版画家が、自分のめざす方向に気づいたのは、50歳に近づいたころでした。そのきっかけは、絵の具のパレット代わりにしていた板に偶然あらわれた図柄に、魅せられたことだったといいます。
 そうして、見たこともないような材質感を探すための、おぴただしい数の制作が続けられていきました。トタン板やアルミニウム、錆びた廃車の鉄板など、いろいろな材料が使われています。
 この作品は、おそらく腐食液を板に落としたり、たらしたりして、偶然の形を取り入れながら、腐食させたものと思われます。最初の制作から11年たって、再び印刷されたもので、年月を経てアルミ版の状態は変質したはずですが、その変化も作者は受け入れているのです。
 そばで見ると、インクの付きは薄く、腐食の凹凸がごく浅いものだったと分かります。けれども、画面には、めまいのするくらいに強烈なリアリティーがあります。薄い紙の表面に、激しい奥行きや材質感が感じられたり、消えたり、また違って見えたりして、そのたび、目の驚きを誘わずにはおかないのです。作者は、そのような驚きを探して、飽くことなく制作に励んできたのではないでしょうか。私たちも、彼の求めた、見たことのないような世界を探しに出かけてみましょう。
 この作品を含め、一原の版画7点を24日まで所蔵作品展に出品しています。どうぞ、ご覧ください。
徳島新聞 美術へのいざない 県立近代美術館所蔵作品〈33〉
1994年4月22日
徳島県立近代美術館 竹内利夫