徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
空気の建築;ANT 119
1961年
顔料、合成樹脂 紙、キャンバス
262.0×200.0
イヴ・クライン (1928-62)
生地:フランス
データベースから
クライン空気の建築;ANT 119
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イヴ・クライン 「空気の建築;ANT 119」

友井伸一

 まず裸の女性の体に青い絵の具を塗って紙の上に押しつけます。そして、その体の上からさらに青い絵の具をスプレーで吹き付けて、人体の形を白く型抜きします。こうして出来上がった作品が、県立近代美術館所蔵のイヴ・クライン作「空気の建築・ANT119」です。ANTとは仏語のアントロポメトリーの略で、人体測定という意味を示します。人体測定という作品はシリーズ化されており、ときには公開制作されたこともあります。タキシードにチョーネクタイで正装したクラインは、自作の音楽が流れる中、観客の前で裸のモデルたちの人体測定を行ったのです。
 画面に一つの色を塗っただけのモノクローム絵画に挑戦していたクラインは1956年から色をウルトラマリン系に限定し、その青を「インターナショナル・クラインズ・ブルー」と名づけます。その後は、この色を用いたモノクローム絵画やスポンジの彫刻などを発表しました。そして1960年には人体測定を始めるのです。
 この年、美術評論家のピエール・レスタニーは、抽象や具象という言い方では割り切れない制作を行っていた当時のヨーロッパの一群の作家たちを「ヌーヴー・レアリスム」と呼びます。
 新しいリアリズムというこの言葉で指し示される作家たちのうちでも、クラインは中心人物として数えられたのです。
 「絵画とは、人体による精神的空間の発見である」というクラインの言葉は、彼の思想を端的に物語っています。物質的かつ精神的な存在である人体を介して制作することによって、彼は主体的客体という図式で現実をとらえてきたこれまでの方法を見直そうとしたのです。
 彼は柔道の修行や、窓から飛び下りるパフォーマンスなどもしますが、それらも彼の目的へのさまざまなアプローチを示すものでした。
 彼の言葉によると、この作品のタイトルである「空気の建築」とは「神話の世界のエデンの園へ回帰」し「新しい世界を到来」させるための設計図ということを意味します。従ってこの作品は、人体測定というスキャンダラスな要素を持つ一方で、彼が思い描いていた新しい世界、すなわち噴出する空気の壁に囲まれて浮遊する世界を見せてくれます。
 そして、そこに描かれた跳躍する人体像のようにクラインは飛ぶことによって、自らの人体とともに、その世界の広さを測定したのです。
徳島新聞 県立近代美術館 24
1991年3月21日
徳島県立近代美術館 友井伸一