徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
空気の建築;ANT 119
1961年
顔料、合成樹脂 紙、キャンバス
262.0×200.0
イヴ・クライン (1928-62)
生地:フランス
データベースから
クライン空気の建築;ANT 119
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所蔵作品選1995 徳島新聞連載1990-91 毎日新聞 四国のびじゅつ館

イヴ・クライン 「空気の建築;ANT 119」

友井伸一

 鮮やかな青色の世界の中に、まるで白い影のように漂っている人のかたちが見えます。イヴ・クラインは、裸の女性のからだに絵の具を塗りたくって画面に押しつけたり、体の上からスプレーで絵の具を吹き付けて、この作品を制作しました。
 1960年に、クラインは建物の屋根のひさしから、ジャンプして飛び降りるという実演を行います。「空虚への飛翔」と題されたこの一連の行動は、人体によって精神的世界を発見するために行われました。私たちが、何の疑いもなく存在していると信じている現実世界。そこから彼は飛び出し、空虚の中へと旅立ちます。
 彼はそこで、自らの身体を用いて新たな世界を到来させようとしたのです。彼は、若い頃から柔道の修行をしていました。そして、24才の時には日本の講道館に入り、翌年には四段になります。柔道が単なるスポーツではなく、精神修養を重んじる武道であることが、彼の深い関心を呼んだのでしょう。タイトルにある「ANT」とは、フランス語のアンドロポメトリー(anthropometrie)の略語で、人体測定という意味です。それは、人体から拓本のように型をとることを意味するだけではなく、クラインが求めていた精神的世界を人体によって測定することも意味しています。また、「空気の建築」とは、彼の言葉によると、「神話の世界のエデンの園に回帰」し、「新しい世界を到来」させるための設計図のことです。空気が噴出して出来上がった壁で囲まれた世界は、空虚の中で浮遊します。画面の上部に描かれた跳躍する人体像は、屋根のひさしから飛び降りたクライン自身でもあるのでしょう。
 この作品を制作した翌年の1962年に、わずか34才でクラインは亡くなります。クラインら当時のヨーロッパで斬新な表現行為を行っていた一群の人々を、評論家のピエ一ル・レスタニーが「ヌーヴォー・レアリスム(新しいリアリズム)」と名付けて評価したのは、彼が没するわずか2年前のことでした。彼が用いた鮮やかな青色のような鮮烈な印象を残して、クラインは一人、戦後美術の旗手として駆け抜けて行ったのです。
徳島県立近代美術館ニュース No.7 1993.9 所蔵作品紹介2
1993年9月
徳島県立近代美術館 友井伸一