徳島県立近代美術館
学芸員の作品解説
キキ・ド・モンパルナスのマスク
1928年
ブロンズ
20.5×18.0×15.7
パブロ・ガルガーリョ (1881-1934)
生地:スペイン
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ガルガーリョキキ・ド・モンパルナスのマスク
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パブロ・ガルガーリョ 「キキ・ド・モンパルナスのマスク」

友井伸一

 あこがれ、しっとし、驚嘆する。そして、だれもが神話として語りたがる女性。キキ・ド・モンパルナス(モンパルナスのキキ)と呼ばれた女性がいました。フランスの片田舎ブルゴーニュ生まれ。本名はアリス・ブラン。私生児。キスリングをはじめスーチン、藤田嗣治らエコル・ド・パリの画家たちが競って彼女をモデルにした事実がその神話を端的に物語っています。悲しい出生の??、貧しい幼少期、これらの過去さえ彼女の栄光を傷つけることはなかったのです。
 短い髪、白い肌、斜め上に切れ長に延びていく目のこはく色のひとみ。ハート型した挑発的な唇、そして、ぽっちゃりした柔らかそうな体。その容姿に加えて少女のような無邪気さ。また元気のよさは、彼女の恋人に「いつか自分のもとから逃げ去ってしまうのではないか」と、かえって不安を感じさせるほど。そのようなところが画家たちの心を引きつけたのでしょう。
 県立近代美術館所蔵のガルガーリョ作の彫刻「キキ・ド・モンパルナスのマスク」は彼女の顔の特徴が単純化され装飾的に表現されています。スペイン生まれの彫刻家ガルガーリョは、キュビスムの影響を受け、金属を用いた構成的な彫刻に着手します。1910年代に始めた人物のマスクでは金属板によって作られた凸版と凹版を使って空洞の空間を包み込みながら、いわば中身のないボリュームとも言える逆説的な存在感を生み出しました。
 この作品にみられる黄金に輝く表面の下に隠された、がらんどうの空間は、キキのスターとしての栄光と、恐らく近づきつつあった没落を暗示している、ととらえるのはうがち過ぎでしょうか。
 ともかく、この作品が制作された1928年ごろからキキの栄光にもかげりがみえ始めます。若かった肉体も三十歳を控えて衰えを見せ始めます。また、神経過敏を隠し、陽気さを保つための麻薬や酒は、しだいに彼女をむしばんでいくのです。若かった画家たちも、モンパルナスの地から巣立っていきます。そして、いつか「神話のなかの彼女」だけが一人歩きを始め、彼女自身から栄光は去っていきました。
 1953年3月23日、内蔵を病んでいたキキは吐血し、その血の中に倒れ込みます。二十五日付の新聞は、このように報じました。「モンパルナスのキキはもういない」。享年五十二歳。
徳島新聞 県立近代美術館 21
1991年2月27日
徳島県立近代美術館 友井伸一